親父の末期がん

親父がまさかの末期がんだったのでその心境などを個人メモ的な感覚で

親父が末期がんだった ステージ1

タイトル通り、いろいろな検査を経て親父が『末期がん』だということが判明した

 

 

 

みんなは末期がん、ひいては『ガン』というものにどういうイメージを持っている?

俺の中にあった当初のイメージはそれこそ不治の病

多分ほとんどの人がこれに近いイメージを抱いていると思う

俺がそのガンという単語から真っ先に浮かんだのが、唐沢寿明演じる白い巨塔のメインである財前五郎がガンで闘病の末死んでしまうというものだった(財前五郎構文というコピペを最近見ていた影響もある)

 

ただ親父がガンを患ってからいろいろ調べるうちに最近の医療の発展がめざましく、不治の病とは呼ばれなくなり根治も十分見込める病気だと知った

それと同時に日本人の2人に1人はガンを患うというのも知れた。思ってた以上に身近な病気で、親父がそれに罹るのも年齢を考えれば仕方がなかったのかもしれない

そもそもガンという病自体が人間だれしも体の中に持つもので、結果としては自分自身の異常化した細胞が悪性となり体を蝕んでしまうもののようだ

なるほど2人に1人という高確率で患う病というのも頷ける

 

 

ガンの基本的な治療は主に3つ『外科治療』『化学療法』『放射線療法』存在し、進行具合によって方法が変わってくるが基本的にはこの3つを主軸にガンと闘っていく

 

外科治療は読んで字のごとく手術である。数ミリだったりまだ深く浸潤していない場合は近隣の組織ごと切り取ってしまおうというわけだ

予後がよければ根治でき、数か月に何度か通院して他の個所に転移していないか検査しつつ完治させる治療方法だ

 

化学療法は手術では取り切れない、あるいは手術が難しい箇所のガンに対してそれらの増殖を抑えつつ再発や転移を防ぐ目的で行われる

抗がん剤を投与して全身を巡らせるわけだから局所的な効果というより、広範囲にわたって効果が望めるものであり、注射や錠剤など様々な形で受けられるのが特徴。

ガンの治療=副作用が強い、というイメージは多分この抗がん剤の副作用のことだと思う

 

そして放射線治療、これは患部に放射線を当ててガン化したDNA組織そのものを破壊する治療方法。俺の中のガン治療の基本がこれだった

放射線ときいて思うことは皆多々あると思う。実際俺の住む宮城県のすぐ近くには2011年に起きた東日本大震災によりメルトダウンしてしまった原発があったり、最近だとロシアとウクライナの戦争のさ中、チェルノブイリの話題を目にした人も多いはず

まあ今はそんな放射線の是非は置いといて、治療で行われる放射線治療

これが近年最も進化したガンの標準治療の一つみたいだ。もちろん短時間で微量とはいえ放射線を体に当てるわけだから心身に影響がないわけじゃない

当てた患部の皮膚はやけどを負うし、体内の正常な組織も破壊されてしまう。それに伴うダメージはやはり人間にとっていいものではないし、ましてやそれらが内臓器官に及ぶものだと考えたら放射線治療はガン治療における最終兵器なのかもしれない

 

 

じゃあ実際親父が提案された治療方法はなんなのか

 

まず親父の容態だがガンの種類は『扁平上皮癌』というものだった。この扁平上皮癌は肺とかに出来やすいガンが転移したもの、らしい。親父の場合は全身のMRIやPET検査でも異常が見当たらず、現状原発不明癌ということになっている。正直調べてもよくわかんなかった…

とにかく親父はそれに罹り、側頚部に腫瘍が出来てしまった

 

 

その以上に気づいたのは今から2か月ほど前まで遡る

仕事の帰宅途中に実家があるのでなんとなしに帰り何でもない夜ご飯を食べつつテレビを見ていたら親父が

 

「首にシコリあるんだよな」

 

 

年齢も年齢だし体のあちこちにガタが来てもおかしくない。なんなら大工をしている親父は年中体のどこかしら痛いとすら言っていた

とはいえ場所も場所だからスマホで「首 しこり」とか検索して親父が感じる自覚症状と照らし合わせていった

リンパ節炎、甲状せん、食道……いろいろ出てきたが首の横ということで、本当はよくないし気づいた段階で強く言うべきだったが俺は「ちょっと様子見てみたら?」と言ってしまった

 

1週間が過ぎたあたり、なんとなく気になってしまいまた帰省、親父の首回りを見てみるとそれは俺が知るしこりや腫れというものじゃなかった

 

―――明らかに以前よりも大きくなっている

 

俺はさすがにただ事じゃないと思い父に病院へ行くよう強めの口調で言った

コロナが大流行するよりも前、親父は脳梗塞をやらかしている。その時はすぐに病院へ駆けつけたおかげで一部視野が欠損する程度で収まった

脳に比べたら首のなんて…と思っていたが実際目の当たりにすると言わざるを得ない

 

ただここで素直に病院へ行くような親父じゃなかった

親父の性格はまさに『ザ・昭和』であり、病院は本当に危険になってから通うものと思っているようで、息子からどうこう言われたぐらいで行くようなことはしなかったのである

今思えばここが分岐点だったのかもしれない

 

そこからさらに数日後、親父から電話があった

 

「薬をもらうがてら脳の先生に見せてもらったら耳鼻咽喉科の先生を紹介してもらった。見たところリンパではないらしい」

 

脳専門の先生だから確定的なことは言えないにしろある程度は人体に明るい先生がおかしいと感じるのならそうなんだろう

こと親父も世話になっている先生に言われたら病院に行かざるをえまい

 

 

数日後、俺が付き添いの元結構大きめな病院へ行くことになった

 

どうでもいいことだが町医者は行きなれてても、大きな病院というのはそこにあるだけで圧迫感を感じるのはなぜだろう?

俺自身大病を患うことは今までないし、群発頭痛という若干特殊(?)なものに悩まされてはいるが入院、手術ができるような総合病院にはお見舞いぐらいでしか言ったことがない

そのときですら気後れしてしまったのだから、ことさら自分の父親のこととなると正直ビビりっぱなしだったのは言うまでもない