親父の末期がん

親父がまさかの末期がんだったのでその心境などを個人メモ的な感覚で

結局…

PET検査でわかったことは全身、内臓器官にはそれらしい病巣が見当たらないこと

ただし腫瘍が大きく動脈とくっついてしまっているため手術は難しいこと

 

普通に考えたら急を要す状態であるのは言うまでもない

とはいえ実際のところ今どうこうなるのか、どうするべきなのか分からないというのが本音である

とにかく大学病院の予約をして整った設備で検査なり治療なりをするのが最優先であり、先生の話を聞いてすぐに大学病院への予約をとった

 

 

 

さすがに曇った表情をする親父だったが「なっちまったものはしょうがない」と言うだけあってその日の昼食はコンビニのカップラーメンを食べた

脳梗塞になったことがある親父はこの数年、塩分や栄養バランスには気を遣っていたし妹や俺の妻も定期的に実家へ訪れては出汁をメインに使った料理をふるまっていた

魚はもともと毎日食べていたので塩鮭や塩サバといった塩分過多になりがちな魚を避けて真魚に、野菜もホウレンソウやゴボウといった緑黄色野菜、食物繊維の豊富なものを摂るようになった

 

人間の人生80年、たった数年で改善されるほど簡単なものではないが少なくとも不健康な道を歩むことはしていないと思う

実際60半ばという年齢からすればよく動く方だし、体のあちこちが痛んでいるもののだからといって動けないというほどヤワではなさそうだった

 

そんな親父でもこんな病気にかかってしまうのだから運が悪かったのかもしれない

 

 

 

 

 

4月11日、治療方針などの説明をするために同行者も含め大学病院に来てほしいとのことで親父を連れて大学病院に向かった

 

 

もう見慣れた耳鼻咽喉科という文字のある待合室、コロナのチェックシートに記入を終え呼ばれるまで約1時間、様々な人たちがその脇を歩いて行った

まだ10代と思われる子供が車いすに座っていたり、親父よりも年上だろう老人が足取り重く歩いていたり…病院というのはやはり独特な空気感に満ちている

 

そういう人たちを見てしまうと否が応にも気持ちが落ちてしまう、というのは贅沢な感想だろうか。少なくともそういった人たちに対して真正面から言うには憚られる感想なのはいうまでもない

 

 

 

親父の名前が呼ばれ診察室に入るとやはりどこも同じような設備で白を基調にした室内に、無機質な診察に使う器具が並んでいた

机には大きなモニターにCTかMRIか、検査で使われたX線写真が写されている

 

まず先生がモニターの画像を見せつつ実際にどういう状況になっているのかの説明をより詳しくしてくれた

そこで見えてきたのは手術ができない理由の大部分を占める動脈についている腫瘍のことだった

 

 

「今腫瘍が動脈を180度覆っている状態でして、これが内側に行くと動脈を完全に囲ってしまう」

 

正直それがどういうことなのか俺にはわからない。もちろん親父にも

 

「それが進行するとどうなるかというと腫瘍が動脈を物理的に圧迫してしまい、単純に血流が滞ってしまいます。こうなると血栓心筋梗塞脳梗塞のリスクが増えてしまいます」

 

なるほど、となった

どうやら動脈というのは普通の血管と違いある程度硬い膜で覆われていて、ちょっとやそっとでは腫瘍と完全に癒着することはないらしい

しかし今回のケースでは親父の首に出来た腫瘍は動脈を180度かぶさった状態にあり、また右の正常な動脈も加齢により狭窄状態にあるため、そうなると全身へ送る血液が弱くなってしまう危険性があるとのことだった

 

 

「次にその腫瘍が外側へ成長した場合、癌が外へ露出し癌を含んだ血液や膿が出てきます。いわゆるこれが皮膚がんの最終系ですね」

 

この際どちらがいいことなのかはわからないが、どちらにせよこのまま放置するのはただ死期を呼び込むだけだというのは誰にでもわかることだ

 

そこで医師が提示した治療法は2つ

まずは放射線治療抗がん剤治療の併用。これによりガンそのものを死滅させ、小さくなるのであれば切除、そうでなくとも影響のない範囲まで小さくさせることを目的とした根治を目指す治療

もう一つが放射線のみの治療であった。これは放射線治療で患部に当てていき経過に合わせて治療を適時変えていくというものだ

 

医師が言うには基本は前者が最も強力な治療法であるが体への負担はかなり大きく、特に抗がん剤の副作用が肉体的に耐えられないことが半分近くあるらしくそういったリスクもあるということ

後者は今の放射線治療放射線自体の副作用の心配こそほとんどしなくてもいいが頚部(首回り)ということで、喉がやけどしてしまい食事がしづらくなるということ

 

しかし後者を選ぶにしろ結局放射線治療が大事なことで結果的に食事は満足にとれなくなるだろうから、胃から直接栄養を取るために胃ろう手術は必要だろうとのことだった

 

そこで俺は聞かずにいられなかった

 

 

「それで完治…治るんですか?」

 

「それはわかりません。あとで紙で渡しますけどステージ4Bなので…ただ根治の期待はできます」

 

 

 

ここで俺も親父も初めて医師から『ステージ4』という言葉を聞いたのである

ただ正直俺にも親父にもある程度の覚悟はあったし、俺自身は「ステージ4=末期ではない」というのをネットで調べて知っていたので、医師が続けて言った根治の期待はできるという言葉のほうが強く響いた

 

 

ただそれでもやはりステージ4というのは重いもので、そもそもそれら治療を最後まで続けられるかどうかが分からないため後がない状況なのは言うまでもないだろう

 

 

「どちらの治療にしますか?」

 

 

 

なんて馬鹿な…と思うかもしれないが治療方針は本人の意思に従って行われるもの

親父は「やるしかないでしょう」と口を開いた

 

 

 

 

 

 

 

 

そして親父の本格的な治療がこれから行われる

 

入院予定日はGW空け。それまでに放射線を当てるための面の準備や抜歯などを済ませる準備を行っている

 

さっき親父から抜歯が終わったと連絡があり、脳梗塞のために飲んでいた血流を良くする薬のせいなのか血が止まらないとも言われた

 

なんとも不便なものである。しかしそれでも俺がやれることは限られている

せいぜい親父の泣き言や文句のはけ口になってやれるぐらいしかないのだ

 

 

ただ少なくとも親父の治療が上手くいき、先日生まれた妹の娘の顔をせめて見れるまで元気でいてほしいと願うばかりである

 

 

 

 

 

 

 

親父の戦いは始まったばかりだ